昔、ひとくちに昔と言っても何時の事かわからないので、どれ位昔かというと、1960年前後のことです。私が中学生の頃、古美術商のお商売をされていたおうちの友人の家で5、6名のお仲間と茶道のお稽古を始めたころです。
そこへ出稽古に来て下さっていた先生が、今でいう「蒸し寿司」を「ぬく寿司」とおっしゃっていました。他にもそう呼ばれていた方も記憶していますので、その頃は確かにまだ「ぬく寿司」は市民権を得ていたと思います。
「ぬく寿司」というのは、ぬくい寿司からきているのだと思います。京都では冬の季節に、「おはようございます。昨日の晩は寒うおしたなあ。今朝はちょっとだけ、ぬくおすなあ。」などと、温かい事を「ぬくい」と言います。
1950年代河原町の店では、おくどさんという名のかまどで、薪を燃やして炊飯や、煮炊きをしていました。木のお櫃や、そのお櫃をすっぽりと入れて保温する、藁を編んで拵えた、ふごという名前の道具もあった頃です。
店内や店頭でお客様の応対をしますが、「ぬく寿司」とおっしゃる方に私が知る限りですが、現在はお見受けしません。
ひょっとしたら「うちのおばあちゃんも、言うたはったなあ」と思い出して下さる方が、おられるかもしれませんが。
先日、ことりっぷマガジンという雑誌の、冬の京都のあったかごはんという特集に、同業の3店と共に「蒸し寿司」が掲載されました。3店共に、創業が手前どもの店よりも古く、明治何年とか、中には天保年間というお店もあります。実は、その記事や写真を眺めている内に、ふと「ぬく寿司」という名前が蘇えってきたのです。
各店、各様の「蒸し寿司」を底冷えと言われる京都の寒さが育てたんやなあと、改めて思う事でした。