十月に入り今年もあと三ヶ月。
月初めのお茶の稽古日。文机で名前を記帳しながら本日お出し頂いているお道具の記を読ませていただくと、軸「月読み」と書かれている。どんなお軸だったかしら、それとも私には初めてかしらと、稽古場の畳廊下から拝見する。
たっぷりとした素敵なお軸だ。左上には半月より少しふっくらとした月が、そして此処鷹ヶ峰であろうと思われる山の景色も中央下に描かれていて、晃勢とある。
稽古が始まり、客として床の前でしっかりと拝見する。といっても、読める字を少しづつ繋ぎ合わせて、三十一文字を推察する。
「月読みの 光をまちて 可へりませ 山路は 栗の 毬の多きに」 良寛
三輪晃勢画伯も此処を幾度か訪れられていたとのこと。
桐の竹台子の上に置かれた平棗の扱いに気を付けながらの稽古でしたが、稽古の帰り道では、圧倒的な存在感の、あのお軸が脳細胞を満たしていました。


三十年位も前の事になりますが、下宿先から「ひさご寿し」でアルバイトをしてくれていた、大学生のMちゃんの卒論のテーマは「良寛和尚」。新潟に調べ物をしに行っていたことを思い出しました。
Mちゃんは郷里に戻って結婚し、二人の御嬢さんにも恵まれて、確か御嬢さんが京都の大学に進学された時に、久しぶりに訪ねてくれました。
最近私が、漸くスマホデビューをした時にLINEで繋がっていたことを思い出して、トークに文字を連ねてみました。直ぐに既読になり、実は卒論は良寛和尚から、沢庵和尚にウェイトが変わっていたこと、二人目の御嬢さんもこの春大学を卒業して就職し、Mちゃんは29年ぶりに大学時代の合気道を再開したことなどを知らせてくれました。
先程、河原町通を四条の交差点で横断した時に、高島屋の上に見えた月は、拝見したお軸の月よりもほっそりしていました。良寛様の歌のように何かしら心にぽっと暖かなものを感じる今宵です。