今晩28日は2度目の、神輿洗いです。10日の神輿洗いはお迎え提灯行列もあり賑やかですが、今宵の神輿洗いは静かで厳かです。そして1ヶ月に続く祇園祭も、愈々最終局面を迎えます。
祇園祭も解ったつもりでいるのですが、ところがドッコイです。前祭の宵山の日のことでした。
御夫婦のお客様から「提灯落としは何時からですか?」と尋ねられ答えに窮しました。提灯落としという言葉も初めてですが、想像すら出来ませんでした。場所は四条烏丸とおっしゃっておられます。
若いスタッフがスマートフォンで検索しながら、「ひょっとして、この事ではないですか?」と教えてくれました。函谷鉾では、宵山の午後九時頃に、鉾上で演奏されている囃子の終了と時を同じくして、鉾に掛けられている多くの駒形提灯の灯りが一斉に消され、地上に落とされるということでした。その数年前に撮影された動画には、廻りの見物の人々の大きな歓声も聞こえて、迫力のあるものでした。どうにか、お客様のお尋ねに御答えすることが出来て安堵しましたが、調べてみると2000年頃から始まったとの事。「20年も知らんかったんや・・・」と落ち込む私。
宵々山や宵山や、ほこ天(歩行者天国)や屋台の夜店や、屏風飾りやと友人達と浮かれて宵の鉾町を巡っていたのは、思えば50年以上も前の呑気な、そして元気な学生時代の事でした。
同じ頃、後祭が前祭の日に合同での山鉾巡行が行われたのが1966年。それからほぼ50年近くが過ぎ、2014年に元の形に戻して後祭の鉾町の山鉾巡行が24日に行われるようになってからも、既に5年が経っているのです。
前祭の氏子エリアの私宅は、前日の16日位に祭りのお赤飯、或いはお寿司を親戚に配ります。
そして後祭のエリアにある親戚からは、同じく前日の23日位にお赤飯が私宅に届きます。後祭の氏子としては、本来の24日の山鉾巡行は、やはり、しっくりと来ているように見えます。
今年の後祭の黒主山の桜は昨年迄の枝垂れから山桜に替わっていましたし、何より休み山だった鷹山は唐櫃を荷っての193年振りの巡行参加でした。
近頃、地球の回転が速くなっているように思えてならないのは、私だけでしょうか。