夏の終わりから秋の始め頃、塩屋町のお地蔵様の祠の傍の木槿の枝にも次々と白い花が咲きます。以前、お町内のK書房さんのお庭に咲いていたもので、白い花弁の中央がほんのりと真紅に染まっています。「そこべに」とうちでは呼んでいますとおっしゃってられました。引っ越しをされる時にお地蔵様の傍に移されたと記憶しています。


そして同じ頃、我が家の小さな庭にも薄紫の木槿が咲きます。こちらは高校の同級生でもあり、同じお茶仲間の友人宅に伺っての帰り際、「木槿は強いから、つくと思うよ。」と言いながら、庭の木からパチン、パチンと幾枝かを切って持たせてくれたものです。私はMちゃん木槿と呼んでいます。

さて、話は鷹ヶ峰の宗匠のご生前中の事です。時は夏、お茶の稽古場です。
私が稽古場に着いたのは昼をかなり廻っていたと思います。午前中から来られていた方達が帰られたばかりの気配で、二階に上がらせていただいたところ、誰もおられませんでした。稽古場には、掛け花入れに白い花弁をひろげた大輪の木槿。それが畳廊下に坐している私の視界に一番に、飛び込んできました。「うわっ、私一人・・・」といつにもまして緊張感で身体中がカチンカチン。宗匠が入って来られました。ご挨拶をさせていただいた後、宗匠はさっと立って内階段から階下へ。何かご用事だな、とそのまま待機。
次に入って来られた宗匠の手には咲き始めたように見える木槿の一枝が。
自然に花を活け替えて、先の木槿はお水屋に。何事も無かったかのように稽古は始まり、そして終りました。

毎年、木槿の花が咲く頃は、この時の情景が甦ります。
河原町の本店には1階、2階と幾つかの花器があります。お客様に少しでも気持ちよく、この街中の小さな店で過ごしていただけるようにと思って、花の好きなスタッフが活けてくれています。お迎えするお客様の為であることは勿論ですが、同時に私共、仕事をしている側の美意識が問われているということでもあるのだと、あの時からは思っています。

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