前回のブログから、約半月、祇園祭りも最終章になりました。16日の宵山は、たまたま時間の空いた会長と、菊水鉾さんで「したたり」とお薄をいただきました。室町通も大変な賑わいでした。
翌17日は先の祭りの二十三基の山鉾巡行と神輿渡御。長刀鉾さんの矛先が太陽の光を受けて鋭く輝いていました。もう少し下におられる天王台の和泉小次郎親衡像を拝見したいものと、ここ数年その思いはつのってはいるのですが、ま、果たせぬ夢があるのも又、一興かと近頃は思っています。


菊水鉾さんの音頭取の方の衣装は、時代を感じますし、荷い茶屋と言って良いのでしょうか、お茶道具の入った振り分けの木箱をそれこそ荷っておられる方を拝見しました。現在の烏丸一条に移る前の室町にあった時の金剛能楽堂の玄関辺りに「武野紹鴎の旧宅」の石碑があったと記憶していますが、それと関係があるのでしょうか、他の山鉾に荷い茶屋を拝見した記憶がないので、推測の域を出ませんが。
そして、河原町商店街への出囃子で皆様、立って演奏されていらっしゃいました四条傘鉾さんです。17日は歩いての演奏と子供達の棒振り踊り。祇園祭りの山鉾の中で綾傘鉾と共に、最も古い形態と言われている鉾です。若松と赤幣を挿した傘の下に入ると無病息災とか・・・。どういうタイミングなら傘の下に入る事が可能なのでしょうか、興味は尽きません。


夜には、神輿三基がそれぞれ所定の道筋を渡御し、四条の御旅所に着輿しました。古例によりその際の神宝列を供奉する宮本組の一人である社長に、色々な御神宝の中に三種の神器はあるのかという私の問いに「それは皇居に在ります。一番大切なのは祇園祭りを行って良いという勅版で~す。それ位は勉強して下さい。」との事。

24日の後の祭りは十基の山鉾巡行でした。お能の「橋弁慶」に結構な思い入れがあるので、大好きな橋弁慶山。北観音山に続いて黒主山。大伴の黒主なら、これも又お能の「草紙洗」やなあと拝見しました。でもお能のワキの黒主さんは、歌道に執心のあまり・・・なかなか奇抜な行動に出るのですが、黒主山の六歌仙に名を連ねてもおられるこの方は、山の上で、たおやかに枝垂れ桜を見上げておられました。ところが、翌日の新聞に、「満開のしだれ桜 見納め (黒主山)」という記事が出て、びっくり。「・・・・・5年前の山一番でデビューを飾った現在のしだれ桜は、この巡行で引退となった。遠目にも鮮やかなしだれ桜を、たくさんの人が見上げていた。・・・・・」という内容。来年からの山桜も楽しみです。夕方からは四条御旅所を出発した三基の神輿が夫々の道筋を経て本社に還幸されました。
今日は28日なので、午後8時よりの神輿洗式。今晩も社長は参加予定とのこと。台風の影響がなければ良いのですが、29日の神事済奉告祭、31日の疫神社夏越祭が無事に済めば平成30年度の祇園祭りもその幕を閉じます。

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