前日の雨も嘘のような五月晴れの昼過ぎ。琵琶湖疏水を京都、蹴上から出発した船は滋賀、大津に向かって遡る。幼なじみの友人と二人、8人のその乗客の中に居た。
明治の気骨溢れる壮大な計画、琵琶湖の水を三井寺の南、安祥寺川を横切り、九条山から蹴上へと引き、水力発電事業を起業し、日本発の市電を走らせ、数々の事業を興しました。130年近い年月が過ぎた今も、我々もその恩恵を受けている事に驚きます。


約55年程前、私と友人を含む区域の公立高校への進学者は学区制の為、その年度は京都の街中から、その頃は地上を走る京阪電車で約5キロ離れた山科駅へ。それから約20分徒歩で小高い山裾に建つ京都府立洛東高校へ通いました。校門に入る直前には琵琶湖疏水に架かる橋を渡って。
京都市街ではアスファルトで通学靴を履いて家を出ても、山科に降り立てば前日の雨でぬかるんでいる土の通学路でした。でもそんな事は気にならない程、一面のたんぽぽや菫、そして疎水の桜が美しく、多感な頃とあいまって、街中から通う者にとっては懐かしい3年間でした。
通学橋の上を何百回と通って疏水を渡りましたが、その橋の下を船で通れるチャンスが来ようとは。
二人にとって大いに盛り上がった船旅でした。

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