ポッと時間の空いた二月の最終日、京都駅八条口から、らくなんバスで油小路通を南へ。目的地は城南宮さん。
ご近所の前田司氏が隔週の日曜日に連載しておられる毎日新聞のコラムに、鳥羽伏見の戦いの歴史的な側面から城南宮の事を書いておられたのを読んだのがきっかけで、そうだ、城南宮へ行こうと思った次第。
薄紅色の枝垂れ梅は「咲き始め」、白色は「六分」というところでしょうか。今年のように厳しい寒さの後に一番に出会う木々や花々には、寒さに耐えていた健気さが感じられます。

 

神苑を進むと、寝殿造りを採り入れた神楽殿の南に木々が影を映す池が続き、さらに進むと王朝の雅を偲ばせる苔の庭が広がり、「曲水の宴」が行われると記してあります。
「曲水の宴・・・?え~っと何の謡いやったかなあ」と、直ぐに出てこないのが、ええ加減な稽古をしている証拠。それでも「曲水の宴かや みかわのみずに たわむれたわるる たおやめの・・・」くらいは出ては来ました。そんなん当たり前やん と言われるのがオチですが。
帰って心当たりの謡本を繰ってみましたところ、「西王母」の中ノ舞も済んだ最後の仕舞のところでした。
作者は世阿弥。
「花も酔へるや盃の 手まず遮る曲水の宴かや 御溝の水に戯れ戯るる手弱女の。袖も裳裾も棚引き棚引く。雲の花鳥春風に和しつつ・・・」と続きます。この短い部分だけでも「辞解」には和漢朗詠集から菅公の詩、菅原雅規の詩に拠る と記され、曲水の宴は三月上巳の日、河辺に席を設け、流水に盃を浮かべ・・・と書かれています。いつもの事ですが、世阿弥さん、凄い・・・と思います。
丁度、家族からお雛様の御飾りが終りましたとの報告あり。早速に拝見させて貰いました。どうやら孫娘達も頑張ってお手伝いしたようでした。ありがとう。

DSCN4899

広告