いよいよ九月に入りました。鯖寿しのレッテルも秋バージョンに替わりました。
「羅・ら」は「洛東名所清水寺」、「久・く」は「鞍馬は火祭 天狗杉」そして「津・つ」「月夜のながめ 廣澤池」。

先月の終わりに、祇園の某所にてお謡の浴衣会がございました。地を謡っていただく先生方を除いて十七名、七番の会で私は「花月」のシテを謡わせていただきました。
謡曲「花月」作者は不明。一説に世阿弥。所は清水寺。
筑紫彦山(英彦山とも)の麓に住む左衛門という者は、七歳になった我が子を失い、世をはかなんで出家して諸国を行脚していた。ある春の頃、都へ上り、清水寺へ来ると喝食半俗半僧の少年が、小歌を謡ったり、花を踏み散らす鶯を射落とそうとしたり、また清水寺の縁起を曲舞にして舞ったりする。これを見た僧は失った我が子であることを知り、親子の対面をする。花月は父に会えた事を喜び、七歳の時天狗にさらわれて諸国を廻ったことを、羯鼓を打ち、簓をすりながら語り舞い、やがて親子打ち連れて修業の旅に出て行く・・・というのが梗慨。
「・・・そもそもこの寺は。坂の上の田村麿。大同二年の春の頃。草創ありしこの方。今も音羽山。峯の下枝の滴りに。濁るともなき清水の流れを誰か汲まざらん。或時この滝の水。五色に見えて落ちければ。・・・・・・と今の世までも申すなり。・・・・」というくだりがあります。
清水寺は四条河原町から祇園、八坂神社を経て南門から下河原。二年坂、三年坂からと徒歩コース。モノの本によると、この二年坂は、「・・・大同二年の春の頃。草創ありし・・・」からの命名とあります。三年坂はそれに続く坂という面白い説もありました。それはともかく京都観光の国内、国外からの知人を案内して何度も何度も訪れ、そして清水の舞台の下の木組みを見上げるのが好きな私自身も大いに楽しんだ大好きな所です。謡と共に地主神社や音羽の滝が思い起こされ、世阿弥の世界とコラボして不思議な時間でした。

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九月の「KYOTO VISITOR’S GUIDE 」にHisago  Zushi ==Sushi restaurant in downtown Kyoto loved by local clientele として載りました。三代目とのツーショットです。
取材の日、彼曰く「生まれてから45年、ずっとここで育ち、ここで商売をさせて貰っていますが、事あるごとに京都の幅広さ、奥深さを感じるばかりです。1100年も当然のように続く祇園祭、今も受け継がれる公家さんの文化、季節ごとの暮らしの知恵や風習など、どこまで行っても京都を完全に知ることなんてできないと感じます。」と話しているのを横目で見ながら、(へぇ~、そんな事思うてるんやなあ)と思ったことでした。

 

 

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